若い頃、10代、20代の頃、ただ楽しいから唄ってた。
自分で作った歌をライブで唄うのが楽しいと思ってた。
いや、ちょっと違うな。
ライブをするって事が面白いことのように思い込んでた。
実際はなかなか上手く出来なくて、毎度毎度上手く出来なかったと
落ち込んでばかりいたような気がする。
でも、次こそは!と繰り返してた。
それが実態だったな。
ライブはやりたいけど、ステージに上がる事は楽しいというより
常にプレッシャーだった気がする。
どこか楽しめない自分が常にいた。
これじゃダメだ!これじゃダメだ!って自分。
我を忘れて唄う自分を夢見てた・・・みたいな。(笑)
唄いながら、あいつつまんなそうにしてる・・・とか、
いちいちそういうのが気になってた気がする。
だから、結構楽しくなかった。
いや、ライブは楽しい!と自分に言い聞かせてたけど、
実際は違った気がするな。
7~8年ほどやってたのかな?
最後のバンドが解散して、もうイイやって思った。
続ける気力も無くなった。
10年近く何もしなかった。
正確には歌は作ってたし、8trMTR持ってたから
音源はチマチマ作ってたりしたけど、それだけだ。
唄わなくなった。
再びちょっとやる気になったのはネット配信できるようになってからだ。
DTMでレコれば演奏技術も不要だし、こんな便利なものはない。
音源出せば、誰かが聴いてくれて反応もある。
これは楽しいと思った。
でも、それは唄うのとちょっと違う。
あくまでも音源作りの延長上だ。
丁度その頃、サポートしてくれるバンドと知り合った。
10年ぶりのライブ活動を数年続けた。
楽しかったよ。
唄うのは超久しぶりだし、そのこと自体が新鮮だったからね。
最初の1年くらいは上手く唄えなくてイライラしたりしたけど、
唄えるようになった頃からは楽しくやらせてもらった。
バンドは上手かったから唄うことに専念できたしね。
でも、途中から誰のために唄ってるんだろう?って。
僕の歌を聴きたい人いるのか?って。
友達なんていないからさ。(笑)
聴きたいと思ってくれる人がそこにいるんであれば、
その人のために唄う事はできるけど・・・。
誰のために唄ったらイイんだ?とか思いながら唄うようになってさ。
そういうの全然実感出来なくなってさ。
ライブスケジュールが入ったから唄うみたいになって
自分の中で全然盛り上がらなくなった。
それは誰のせいでもなく、僕自身の問題だった。
つまり、僕の歌では誰も楽しませる事は出来ないって事だ。
これ結構致命的で、唄う意義を感じられなくなった。
これ以上、続けられない。
続けようと思っても全然踏ん張れない。
そういう意味で僕はたぶんもう唄わない。
唄う意味、意義がない限り唄わない。
音源はたぶんまだ作るよ。
レコる事、音源を出す事は唄う事とは意味が違うから。
聴いてる人の顔は見えないし、どう感じようと知ったこっちゃないし、
良いと思ってくれる人もいれば、そう思わない人もたくさんいる。
コメントくれる奇特な人もいるしね。
作ること自体には何かしらの意味があるし、楽しくもある。
まったくの別物だから。
それはたぶん自分のために唄ってるだけなのさ。
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