詞を書く場合、基本的に楽曲から受ける自分のイメージに従い
自然と言葉を紡ぐことの方が圧倒的に多いのだが・・・、
インパクトのある出来事が身近にあるとそっちに引っ張られてしまう。
それを避けるのは容易ではないね。
詞にリアリティを求めるフリをしているが、
実はそれほど意識しないで書いているのだ。
どの詞も基本的に自分の体験なり経験なりから出来ているわけで、
そういう意味である種のリアリティを自分では感じて書いてるけど、
詞の形を取ってる限り創作物以外のナニモノでもないからね。
リアルかどうかなんて、大して意味などないのよ。
聴いてる人が何かを感じる事が出来ればそれでOKなわけだしね。
禁竹の新作の詞を書いてて、本当は違う方向で書きたかったのね。
なのに、タイミング良くいろいろあってさ。
「このまま放置すると余命3ヶ月・・・」なんて言葉が舞い込んで来て、
詞を書こうとするとそこから離れられなくなっちゃってさ。
どうしても、そっちの言葉が出てくる。
諦めて、出てくる言葉で綴ることにしたよ。(笑)
もちろん、具体的にその事を書いてるわけじゃないんで、
聴く人によっていろんな捉え方は出来ると思うけどね。
インパクトのある出来事があると必ずそうなる。
それらの出来事に支配されてしまう。
親父が癌のデパート状態になって、こりゃ~絶対に死ぬ!と思って、
「枯れて行く命の切なさと...」を書いたでしょ。
チロルに難病の話をカミングアウトされて、「I believe you」を書いたでしょ。
それから、NAOちゃんも癌だと知って「ターニング・ポイント」を書いてさ。
で、今回・・・親父の5個目の癌(肝臓癌)で、このまま放置すると・・・って
話を聞いて、また書いちゃったんだよ。
ここ数年、病気が元になってる歌を結構書いてる。
やっぱり生死が関わるとインパクト強いから、無視できないもんね。
まぁ~恋愛モノに関しても、恋をしてる時期はいくらでも書けるよね。
身近な事を何でも歌にする!と怒られることも多々あるんだけどさ。
昔はよく「これは誰の歌?私じゃないわね・・・」と、突っ込まれたもんさ。
「これ私の歌ね」と勘違いされる分には全然OKなんだけど・・・。
そうじゃない場合は、いろいろ面倒よね。(笑)
自由な身の頃は、そういうのを含め楽しかったかな。
詞を書く身としては、あまり真っ当に生きてると書く事がなくなる。
悲しいかなこれは事実だよ。
量産してる頃は結構メチャクチャやってたから、詞ネタに困ることなかったもん。
長くやってると、恋愛モノの歌が多い時期があったり、
シリアス系の歌が多い時期があったり、自分の置かれてる環境や状態で
傾向が思いっきり違ってくるもんだよね。
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